20130929 『家族への新しい気付き』 堀 肇先生

『家族への新しい気付き』 

「 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。」 

             <ルカ15:24>

 「放蕩息子」の話と聞けば、教会に来ている人や聖書を読んでいる人なら、それは神から逃走した人間の堕落と回心と帰還の譬話であることを知っています。そしてそれは罪人を愛される愛の神の物語であることも。けれどもこの物語は、それに加えてとても示唆に富んだ奥深いメッセージを含んでいます。

 それは「家族」というテーマについて「新たな気づき」を与えてくれているということです。もともと家族の在り方について教えようとしている物語ではないのですが、家族問題を考えさせてくれるのです。例えばその一つとして、家族に問題が発生したとき、その原因となっている人は「○○ではないか」と単純に犯人捜しなどをしたりしてはならないということです。

 原因や理由はそんなに単純ではないのです。放蕩息子の父親のような深い愛を持つ親に養い育てられても、放蕩に身を持ち崩す息子が現れ出るということがあるのです。親が期待していたようにはならないことが起こるのです。家族問題発生の原点は複合的で単純ではないということなのです。この物語はそんなことを考えさせてくれます。これは家族に対する一つの気づきではないでしょうか。礼拝においてそんな「気づき」をこのポイントを加え、六つほど取り上げ、ご一緒に考えてみたいと思います。 

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