20131013 『正しい判断と裁き』  岩井基雄牧師

『正しい判断とさばき』 

「イエスは彼らに答えて言われた。『わたしの教えは、わたしのものではなく、わたしを遣わした方のものです。だれでも神のみこころを行おうと願うなら、その人には、この教えが神から出たものか、わたしが自分から語っているのかがわかります。』」

(ヨハネ7:16,17)

 私たちは様々な場面で判断を求められる。しかし、正しく判断し、その真理に従うことは決して簡単なことではない。

主イエスは、仮庵の祭りに大勢の人が集まる中でみわざを表すようにと兄弟たちに促されたのだが(3,4v)、主は密かに上って行き、そこで人々に教え始められた。主はご自身の栄光を求めてではなく、ご自身を遣わされた方の栄光を求めておられたからである(18v)。そしてそれは人々の正しい判断を導くためであった。イエスがどういう方なのかを巡って、これから様々な議論が始まっていく。主は決定的な奇跡を見せ、みわざを表す事によらず、真理を語り、みことばを伝える中でこそ、人々を導こうとなさっている。驚き経験だけでは私たちは正しい判断ができない。
それに加え、主はユダヤ人たちの心にも光を当てられた。誰でも神のみこころを行おうと願うなら、主の教えが神から出たものかどうか、正しい判断ができるというのだ。主への妬みを抱き、殺意を持っていたユダヤ人たちは、彼らが驚くような真理を語るイエスの教えを受け入れることができず、彼がなさるみわざも正しく判断することができなかった。内側にあるものが真理の光を阻んでしまうのである。私たちの心は整えられているだろうか。

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