20131124 『疑いを解くために』 岩井基雄牧師

『疑いを解くために』 

「民はみな、それを認めて、それでよいと思った。王のしたことはすべて、民を満足させた。それで民はみな、すなわち、全イスラエルは、その日、ネルの子アブネルを殺したのは、王から出たことではないことを知った。」

(サムエル3:36-37)

問題が表面化するとき、私たちはその問題だけを取り扱いやすい。しかし、本当の課題はその内側にある。

ダビデの軍師ヨアブによってサウルの軍師アブネルは殺害された。その前に、ヨアブはアブネルの策略をダビデに指摘するが(25v)、この問題は、ヨアブの兄弟アサエルがアブネルによって殺されたことに起因している。しかし、確かにもう一方にアブネルの罪深い性質もあったであろう(6,7v)。しかし、ダビデはアブネルの提案を受け入れ和解へと向かい、妻であったミカルを再び取り戻すことになる。その背後には、アブネルがのダビデへの誓いを理解し(9,10v)、イスラエルの長老をも説得していた経緯があった(17-19v)。人間の策略や問題に妨げられず、神の御旨は不思議に実現へと向かう。不思議な御手がそこにあろう。しかし、それを受け止められないヨアブがアブネルを殺害してしまう。

民がそれをダビデによるものであると疑わないようにダビデはアブネルを手厚く葬り、悲しみを豊かに表す。そして民はそれを良いとした。事の善悪をどこで判断するのか内側が問われる。

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