20140216 『神の導きの真実さ』 コリント1:18- 岩井基雄牧師

『神の導きの真実さ』 

「神の子キリスト・イエスは、『しかり』と同時に『否』であるような方ではありません。この方には、『しかり』だけがあるのです。神の約束はことごとく、この方において、『しかり』となりました。それで私たちは、この方によって『アーメン』と言い、神に栄光を帰するのです。」                    (コリント1:19,20)

パウロはコリントを2度訪問して恵みを2度与える計画を立てた。しかし実際は遅れてしまった。それは軽率でも気まぐれでもなかった。パウロは自分の真実さを宣教している内容の真実さから明らかにしている。彼は自分の真実さを証する目的で述べ始めながら、いつしか神の救いの計画を述べている。彼にとって 最大の関心事は、自分のことではなく、神のことであった。だから、福音に生きる自分の誠実さが疑われた時、神の真実性が疑われているとパウロは感じたのであろう。パウロがどのように神に真実に、使命に忠実に生きてきたかを思わされる。私たちはどうであろうか。パウロの訪問が遅くなったのは、実はコリントの教会への思いやりのためだった。かつての訪問は彼らの不従順のゆえに、コリント教会にもパウロにも悲 しみとなった。このような悲しみを次の訪問の際には互いが味わうことのないようにと、パウロは訪問に先駆けて、涙の手紙をテトスに託して送り、マケドニヤへと赴いたのである。その手紙はコリント教会を悲しませただろうが、彼らは悔い改めへと進んだのであった。神はご自身の真実さのゆえに、私たちを御心のままに導かれる。不思議なご計画に導かれる中で、より真実に神と人との前を歩ませていただきたい。神は弱い私たちをも導き用いて下さるのである。

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