月別アーカイブ: 6月 2014

20140608 『聖霊による喜びをもって』テサロニケ1:4-10 岩井基雄牧 師

『聖霊による喜びをもって』
「あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。」
(テサロニケ1:6)
ペンテコステの恵みは、主の復活の事実に出会いながらも、なお人を恐れ、臆病であった弟子たちに主の聖霊が臨んで力が与えられ、雄々しく主の福音を宣教していった憐みにある。そして主の教会は誕生していったのだ。
主の教会は、どんな時代にあっても多くの課題を抱えながら、前進していった。それは外からの問題だけではなく、内側の問題があった。テサロニケの教会は、様々な迫害を受けながらも雄々しく立ち、模範となる姿勢を持ちつつ、内には葛藤を抱えながら、主の恵みとパウロたちからの励ましを通して一歩一歩歩んでいった。人も教会も様々な葛藤を通して成長していく。テサロニケ教会の特徴の一つは、多くの苦難の中で、聖霊による喜びを失わなかったこと、そして主の御言葉を受け入れて行ったこと、そして主の歩みに倣い続けて行ったことにある。それはどの時代にあっても共通する勝利の秘訣であろう。
聖霊なる神様は、私たち一人一人に臨み、内なる喜びを与えて下さる。この喜びは状況に左右されず、困難の中にあっても失われないいのちあるものであった。私達もまた、真の喜びに生かされ、みことばに立ち、主の愛に倣う者とさせていただこう。

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20140601 『声を聞き分けて従う』 ヨハネ10:22-30 岩井基雄牧師

 『声を聞き分けて従う』
「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。」
                     (ヨハネ10:27)
宮きよめの祭りはハヌカーの祭と呼ばれ、前165年にユダ・マカベイオスがセレウコス王朝シリアの、アンティオコス4世エピファネスによって汚された神殿を取り戻してきよめたことを記念した祭りでした。100年続いたその歩みは、イスラエルの民に希望と力を与えました。また、この祭りは「光の祭り」とも呼ばれ、闇に光を灯す象徴的な祭りでもあったのです。
イスラエルの民が待ち望んでいたのは、ローマを打倒し、神の民の名誉が挽回され、ダビデやソロモンの時代のような繁栄をもたらすメシアであったのです。この祭りの時に「イエスは誰であるのか」という問いが出るのは自然な事だったでしょう。ソロモンの回廊で問われた質問に対して、イエスは父なる神がご自身にゆだねて下さる羊は、その声を聞き分け、従う者なのだと語り、彼らの心を問われました。「わたしと父とはひとつです」との表現は、彼らにとっては躓きだったのですが、それこそ、彼らが聴かなければならない真理であり、従うべき人を指示していたのです。しかし、目も耳も閉じていた彼らには、自分たちの願いや希望をかなえる存在か否か…でしか判断できなか ったのです。
真の声を聴くこと、そして従うこと、それは私達にも問われています。何よりも「聞く耳」「聞き従う心」を与えられてまいりましょう。

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20140525 『主の建てられる家』 Ⅱサムエル7章

『主の建てられる家』
「わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。」                     (Ⅱサムエル7:12,13)
ダビデ自身は杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕を住いとしていることを憂いたダビデは、預言者ナタンに、主の家を建てたいという自らの思いを伝えた。ナタンはそれを喜ぶが、
主は幻の中ナタンに、主は天幕を住いとして、民を導き、先頭に立って歩んできたこと、また、これまでどんな人にも主のための杉材の家を建てるよう命じたことはないと言われた。神はご自身の民のただ中に住むお方なのである。
ダビデが主のためにではなく、主がダビデのためにひとつの家を造られるという。この約束は、ソロモンの治世に成就するが、更に深く、真の成就は、イエス・キリストを通してもたらされる。
主の家を建てたいという希望を述べたダビデに対し、主はダビデのためにこそ家を建てようと答えられたのだ。彼は主の前に座して祈り始めた。この祈りの中で彼は、主の恵みの約束、導きなどについて、驚きを覚えつつ感謝し、大いなる方、主ご自身を賛美した。主がなしてくださる御業を知るとき、私たちは大きな励ましと希望を受ける。神の明白な約束は、私たちにも与えられている。そして、主キリストにある御国完成の希望は、主がご自身の民を必ず祝福されるという信仰へとなお私たちを導く。

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