20140615 『神のもてなし -ジュスト高山右近の信仰- 』 高 橋敏夫師

『神のもてなし -ジュスト高山右近の信仰- 』 

 
「福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。『義人は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです。」
  (ローマ1:17)
1549年(天文18)年8月15日、宣教師フランシスコ・ザビエルが、キリストの福音を携えて鹿児島にやってきた。ザビエルは、日本がまだ知らなかった西洋の宗教と共に、ヨーロッパの科学的思考や文化、芸術、医療など、さまざまなものを運んできた。しかし、キリスト教自体は、当時の権力者たちには必ずしも好意的には受け止められていない。特に、秀吉の死後、新たに幕府を確立しようとしていた家康にとって、この世の権力にも屈しないキリスト教信仰は、害毒でしかなかった。1614(慶長19)年、キリシタン禁制の徹底した取り締まりが全国に向けて発布され、各地で信者への弾圧と残忍極まりない迫害がなされるようになった。
その年、金沢の客将であった高山右近は長崎への追放、ひいては国外への追放命令を受け、年の終わりに遠くマニラへと旅立って行ったのである。私は、高山右近を自分の信仰の目標とし、一生追及していける歴史上の人物としている。右近の茶の湯の師匠である千利休を通して、キリスト教と日本文化の象徴である茶道の関係も学んだ。武将、茶人、信仰者である右近の人となりを、牧師であり茶人である私なりの視点で考察してみた。
<『キリシタン大名 高山右近を追え!』高橋師著「はじめに」より抜粋>

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