2014.7.13 「土の器の中の宝」岩井基雄牧師

『土の器の中の宝』  

「私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。」

(Ⅱコリント4:7)

旧約聖書においても神が陶器師として、私たちが神の手による陶器として記されている。<イザヤ64章、エレミヤ18章 等>

土の器にすぎない私たち人間だが、イエス・キリストにある栄光の希望(3:18)を与えられている者は、勇気を失わないで、真理を明らかにしていくことができる。そして神が、弱い私たちの心を照らし、神の栄光を知る知識を輝かせてくださるのだ。

このキリストの福音に基づく輝きは、土の器の中に入れられている宝だと聖書は語っている。その宝は「測り知れない力」を持ち、どんな状況の中にあっても、窮することも、行きづまることも、見捨てられることも、滅びることもない。それは、私たちの歩みにおいて、また死ぬべき肉体においても、イエス・キリストのいのちが明らかに示される事へと繋がっていく。

私たちの人生には、おおいなる希望と力といのちがある。だからこそ、私たちは苦難をも受け取り、その中にあって神の栄光を輝かせる歩みへと進み行くことができる。もし私たちの人生にそれが欠けているとしたら、何を点検する必要があるだろうか。どこが整えられていく必要があるだろうか。主ご自身の内に、希望と力といのちが充ち満ちている。それを受け取り続けたい。

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