2014.8.10 「よみがえりの勝利と主の愛」 ヨハネ11:17-45 岩井基雄牧師

『よみがえりの勝利と主の愛』 

「心の動揺を感じて、言われた。『彼をどこに置きましたか。』彼らはイエスに言った。『主よ。来てご覧ください。』イエスは涙を流された。…イエスは彼女に言われた。『もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。』」

(ヨハネ11:33-35,40)

 愛するラザロが病だときいた後も、なお二日とどまられた主は、その不在の時にさえ、彼らへの愛を表されていた。それは彼ら自身が神の栄光を見るためであった。

 「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」とのマルタのことばは、私たちの現実をも表しているであろう。私たちは目に見えるものに左右されやすく、依存しやすい。主はそれをも退けられたのであろうか。主の到着はラザロの死後4日であった。死の現実に痛みを覚えていたマルタに対し、主は「あなたの兄弟はよみがえります。」と明言された。目の前の問題しか見えず、いのちをも司る主に期待することを忘れる時、主は私達の信仰を呼び覚ましてくださる。また主は私達と共に涙を流してくださる方だ。それは人を支配する死への憤りと共に、人々の悲しみに寄り添われる主の愛の姿であったろう。そして主は疑いやすい人々を真の信仰へと導き、彼らが神の栄光を見ることができるようにと、ラザロを死からよみがえらせて下さった。それは私達の招きでもある。私達もまた、自らの愚かさを認め、主のすばらしさと栄光を仰がせていただく者とされたい。

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