20141207「洗足:キリストの模範」ヨハネ13:1-11 岩井基雄師

「それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。

わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。」

(ヨハネ13:14,15)

 主イエスが、私たちのために、神の在り方を棄てて、人となって下さったのは、究極のへりくだりであった。そして主は、私たちに」本当の豊かさを与えるために貧しくなられたのだ。クリスマスの喜びは、主の謙遜と犠牲の愛によって、私たちに与えられている。

 最後の晩餐の席で、「誰が一番偉いか」と弟子たちが議論し、皆の足を洗うためには誰も立ち上がろうとしない中、主イエスご自身が、自ら、弟子たちの足を洗われた姿が記されている。主は誰が自分を裏切り、誰が主を棄てて逃げていくかをすでにご存じであったろう。しかし、主はその弟子たちの足をひとつひとつ丁寧に洗ってくださった。その姿を弟子たちはみて、どう思ったのであろうか。真に誇りとするものは、何であるべきなのか、私達もまた、価値観や歩みの動機が問われている。

 私達は時に、このクリスマスの喜びをどのようにとらえているだろうか。主は私達にも互いに足を洗い合うようにと語られている。主の弟子は、主のへりくだりと模範として、主に喜んで仕え、他の人と歩むようにと招かれている。このクリスマス、私たちは、誰に仕えて行くことができるだろうか。誰を愛し、赦し、共に歩むようにとチャレンジを与えられているだろうか。

このクリスマスの喜びを誰に一番知ってほしいと願っているだろうか。その方のために祈り、仕え、愛し、共に主の前に出たい。

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