20150118『主の前の真実が問われるとき』 Ⅱサムエル11章 岩井基雄師

「夕方、ウリヤは出て行って、自分の主君の家来たちといっしょに自分の寝床で寝た。そして自分の家には行かなかった。」

(Ⅱサムエル11:13)

先にこのアモン・アラブ連合軍との戦いに対し、ダビデは最初、戦場に行くことをしなかった(10:6-)。王がいないまま敗北したのだが、次にはダビデが先頭に立ち、勝利へと導くことができた。しかし、先の敗北から学ぶことが出来なかったのだろうか。

新しい年になり、再びアラムとの戦いが起こった時、ダビデはヨアブと家来達を送ったが、自分はエルサレムに留まったままだった。そして、その心の隙に大きな罪が忍び込んでしまった。彼が夕方に起きあがって、屋上から見た女性の美しさの故に、彼はその女性と大きな罪を犯してしまったのである。どんな者にも罪の誘惑がある。決して過信してはならない。しかし、ダビデはその罪と向き合うことをせず、その女性の夫を戦場から戻し、彼女の妊娠を誤魔化そうとしたのだ。忠実なダビデの部下であったウリヤは、皆が戦っている時に自分だけが自宅に戻ることが出来ないと誠実さを示し、ダビデの計画は頓挫した。ところがダビデはヨアブを使い、このウリヤを戦場で殺害させてしまう。「罪から来る報酬は死です」(ローマ6:23)とあるとおり、罪を悔い改めない心は次の大きな罪を生み、死と滅びへと向かっていく。私達は自壊しなければならない。そして、主への大切な働きから簡単に身をひいてしまう誘惑にも注意しなければならない。主は私達の主体的な愛と奉仕への歩み、砕かれた悔いた心を喜ばれる。

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