20150215 『悔い改めと主の憐れみ』 サムエル 12章 

『悔い改めと主の憐れみ』 

「ナタンはダビデに言った。『あなたがその男です。』… ダビデはナタンに言った。『私はに対して罪を犯した。』ナタンはダビデに言った。『もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。』」
(サムエル12:7,13)
 民と共に戦場に行くことをせず、惰眠を貪っていたダビデが犯した罪は、明白であった。姦淫の罪にとどまらず、その罪を覆い隠そうとするために忠実なしもべウリヤの命を策略をもって奪った。ダビデはそれをどう受け止めていたのであろうか。
 預言者ナタンは主から遣わされ、ダビデの前に立ち、ひとつの物語をした。富む者が旅人を迎えるために、貧しい者からかけがえのない羊を奪い、屠り、ふるまう。その傍若無人さにダビデは怒りを露わにする。客観的に罪を断罪することは容易にできる。
 しかし、そこにこそ、神の預言者ナタンの招きがあった。断罪を語るダビデに「あなたがその男です」と語るナタンの言葉をダビデは真摯に受け止めた。他者を簡単に裁く私たちは、自らの罪が問われる時、それを認めづらい。言い訳に走り、他者のせいにすることさえあろう。しかし、ダビデは即座に主への罪を告白した。ここには彼の罪の根本が、神の愛への反逆であり、叛きであるという自覚がある。すでにダビデは悩み問われ、苦しんでいたのであろう。詩篇51篇には、その告白がある。ナタンは即座に赦しを語るが、罪の結果をダビデは刈り取らなければならなかった。しかし、その中で主の主権を認め、主の憐みの中に、ダビデは立ち続ける。そこに私たちへの恵みと愛、主の憐みがある。

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