20150614 『神の力に支えられる宣教師と信仰者』使徒13:1-3, Iコリ ント2:1-5 松村隆師

『神の力に支えられる宣教師と信仰者』 

 「そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。」              <使徒の働き 13:3>

 時々私たちキリスト者は、自分の恵みのために礼拝に来ます。礼拝は牧師の説教を聞きにくる所だと考え、賛美歌は適当に歌い、お祈りも心を合わせず他の事を考え、献金も適当に捧げて、結果として「肝心」のみことばすらも、すぐに忘れてしまったりする。
私も、かつて宣教師として礼拝イコールみことばという考えを主に正されたことがあります。信仰の成長段階でそのような考えを持っていても、私達は、聖書のみことばから、聖書が示す礼拝の仕方を真剣に求めて行く必要があるのではないだろうか。
アンテオケ教会は、主を礼拝して、断食をしていた。彼らは、礼拝の中で、真剣に主にみこころを求め祈っていたことが分る。聖霊が、バルナバとサウロを主の特別な働きのためにつかせなさいと言われた。使徒の働きの16章10節から類推すると、きっと、誰か一人にそのようなみことばが語られ、その証しを聞いた教会の皆が神様のみこころと確信したか、パウロとバルナバに御霊による宣教のビジョンが明確にされ、その証しを聞いた教会がみこころと確信して二人を送り出したかでしょう。
御霊の押し出しによって力強く教会から送り出されたパウロとバルナバは、御霊と主の力を頼りに宣教したのです。そして、御霊と主の力を頼りに生きるキリスト者をあちこちに生み出して行ったのです。

広告

コメントする

カテゴリー: Uncategorized

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中