20150823 『人の策略と主の摂理』サムエル15:1-18 岩井牧師

『人の策略と主の摂理』 

「そこでダビデはエルサレムにいる自分の家来全部に言った。「さあ、逃げよう。そうでないと、アブシャロムからのがれる者はなくなるだろう。すぐ出発しよう。彼がすばやく追いついて、私たちに害を加え、剣の刃でこの町を打つといけないから。」
(サムエル15:14)
 ダビデの息子アブシャロムは、様々な策略によって自らの復権を画策していた。そしてそれは成功していくように見える。ダビデにとって、息子アブシャロムの謀反の動きは、ある程度予想できたのであろうか。自分の過ち、また息子アムノンの罪の処罰を十分にできなかったからなのか、ダビデの言動にはわかりにくい面がある。しかし、王ダビデはどこまでも神の前を歩む。
 アブシャロムが民の心を盗み、王位を宣言したとき、ダビデは彼に従う者たちを守るために、逃亡を宣言する。自分の名誉やプライドよりも、しもべたちの安全を優先するダビデの判断は早い。そして真実に彼に従う者のみが彼と歩みを共にした。それは命がけの逃亡の旅でもあった。神の箱と祭司ツァドクは彼との動向が許されなかった。それは契約の箱や祭司の存在が、安易な安心を民に与え、真の御旨がわからなくなることを警戒したのであろうか。多くの人の裏切りを経験する中で、ダビデは真摯に主の前を歩む。しかしそれは自分の過去の過ち、取り返すことのできない罪と向き合う歩みでもあった。しかし主の摂理はそこにある。彼が真実に王となる歩みはへりくだりの道で あった。

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