20150920 『真の誇りと知恵』II コリント11:1-15 岩井牧 師

『真の誇りと知恵』  

「私にあるキリストの真実にかけて言います。アカヤ地方で私のこの誇りが封じられることは決してありません。…誇る者は、主を誇りなさい。」             (コリント11:10, 10:17)

 「誇り」というテーマは、私たちにとって重要な課題だ。何を誇りとして生きるのか、譲ることのできないプライド、健全なアンデンディティーの確立は、揺れ動く社会の中にあってなお求められている。今の青年達も知るべきこと見るべきことを得ている。人としての誇り、キリスト者としての誇りをなお確認したい。
 パウロにとって、主によって召された使徒の召しを疑われ、多くの苦難を通された。しかし彼の「誇り」はどのように人が判断し、評価しようとも揺るがされない主から与えられたものであった。自らの生活は、自ら保つことを通して誰からも非難をされ得ない自律した歩みの中にあった。異邦人へ主の福音を語る器としての自覚がそれを支えていたとも言えるだろう。それゆえに、どのような苦難の中をもパウロは歩み抜き、走るべき行程を走り抜いていった(使徒20:24、テモテ4:7)。
 私達もまた、多くの苦難を通る。理解されない悲しみも、攻撃や迫害を受け、孤独を味わう痛みさえも通ることがある。しかし、私たちの主はその全てを味わい尽くされ、私たちへの愛を豊かに表された。そして私たちの歩みの原点には、この主の愛と恵みがある。この主にあってこそ私たちは誇りある人生を歩む抜いていくことができる。神のことばの知恵に生かされ真の誇りを胸に歩み抜いていきたい。あなたの誇りはどこにあるだろうか。

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2件のコメント

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20150920 『真の誇りと知恵』II コリント11:1-15 岩井牧 師」への2件のフィードバック

  1. 石橋秀則

    人間は高ぶる時が多いと思います。私も自戒しています。教会でもよく見受けられますが、他人事ではなく、御ことばをしっかり握って生きていきたいと思います。

    • MI

      石橋さん
       コメント感謝します。主の前に遜っていくことが、歩みの原点だと 自戒しています。みことばを自分に適応することは本当に重要で、実を結びますよね。

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