20151001 『愛と恵みによる一致』 ヨハネ17:20-26

『愛と恵みによる一致』  

「わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。それは、あなたがわたしを遣わされたことと、あなたがわたしを愛されたように彼らをも愛されたこととを、この世が知るためです。」   (ヨハネ17:23)

 どんな共同体の中にも、様々な違いが生じる。それは個性であり、豊かさであり、広がりを生むのだが、時には不協和音となってしまうことがある。キリストの教会もまた、例外ではない。そして多くの違いを共有する教会故に、そこにキリストにある一致が生まれたときの力は、他を圧倒するほどに祝福を生む。
 主イエスが、ゲッセマセの園で祈られた祈りの中心は、主の教会が一つになるようにということだった。弱く混乱を来す弟子達だけではなく、彼らを通して誕生していく主の教会の為に主はとりなして祈られた。その一致をもたらすものは何であろうか。
 この主の祈りの全体の中で語られているのは、神ご自身の一体故の私たちの一致である。父なる神とキリストが一つであるように私たちが一つであるという恵みを主は私たちに与えられる。そしてその鍵は主の元に、主のそばに私たちがともにいることにある。それは決して簡単なことではない。しかし、それこそ一人一人の成長の鍵であり、主の教会の成熟の基盤だ。主の愛をいっぱいに受け取ると共に、そこに溢れている豊かな恵みに生かされ、主にとどまること、そこから生まれる教会の一致は、周りの人々に大きな証となり、彼らのキリストの愛への導きとなる。

2件のコメント

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20151001 『愛と恵みによる一致』 ヨハネ17:20-26」への2件のフィードバック

  1. 石橋秀則

    いつも御ことばを送っていただき感謝しています。
    私の通う教会も不協和音がありますが、主イエスを信じる者はすべて神の愛をいただいて救われ、キリストの弟子になったのですから、それぞれの成長の中で一致を見出していかねばならないと考えます。

  2. MI

    色々な不協和音を通して、真の交わりや一致を目指し、祈り求めていくことができるのでしょうね。それぞれが、神様との交わりを豊かにしていくことが一番の近道かもしれませんね。

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