20151101 『剣をさやに収めて』ヨハネ18:1-11 岩井基雄牧師

『剣をさやに収めて』  

「イエスはペテロに言われた。『剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を、どうして飲まずにいられよう。』」             
(ヨハネ18:11)
 今日は礼拝後、子供の祝福式がある。子供達が一日一日成長していく様は私達に大きな励ましと力を与える。私達大人もまた、信仰の成熟、主をさらに愛し続ける成長を目指したい。
 主イエスが、最後の晩餐の席で王としての祈り、弟子達や教会の一致を祈られた後、ゲッセマネの園で激しく祈られたことが他の福音書には記されている。この主の苦しみの故に、私達の救いと恵みがあることを忘れてはならない。主が全てを受け止められたときに、イスカリオテのユダを筆頭に、ユダヤ当局者達がローマの兵士達をも伴って、主を捕らえる為に来た。誰を捜すのかとの主の問いに、彼らが「ナザレ人イエスを」と答えたとき、主は「エゴー・エイミー(それはわたしだ)」と応じられた。それは創造主なる神の臨在を示す言葉であり、彼らはその権威に圧倒され、後ずさりし倒れるほどだった。その時、ペテロは持っていた剣で大祭司のしもべマルコスの右の耳を切り落としてしまう。何をして良いか分からず、自分の力で主を捕らえようとすることに抵抗しようとしたのであろうか。しかし、主は全てを受け止められ、ペテロをいさめられた。自分の考えや力によってではなく、主の御旨と時を受け止めることにこそ、主の愛による救いのわざの道がある。そしてそこに私達へのチャレンジもある。

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