20151123 『主の知恵と憐れみ』サムエル17:1-29

『主の知恵と憐れみ』 

「 アブシャロムとイスラエルの民はみな言った。『アルキ人フシャイのはかりごとは、アヒトフェルのはかりごとよりも良い。』これはがアブシャロムにわざわいをもたらそうとして、がアヒトフェルのすぐれたはかりごとを打ちこわそうと決めておられたからであった。」  (サムエル17:14)

ダビデの参謀であったアヒトフェルがアブシャロムに語った案は、疲れ果てているダビデ達を奇襲し、ダビデのみを討ち取るという非常に優れたものであった。しかし、アブシャロムはダビデの友フシャイのはかりごとも聞いてみたくなった。ここに不思議な神の摂理の御手を見ることが出来よう。神はフシャイを通して、ダビデを助け、アヒトフェルの助言を愚かなものにして欲しいとのダビデの祈り(15:31)に答えられたからである。主はすでにアブシャロムとアヒトフェルへの裁きのご計画を持っておられたことを聖書は記してる(14v)。私たちには、主のご計画や知恵は分からない。それは私たちがたとえ、行き詰まり、八方塞がりの中にあったとしても神の御手に信頼し、委ね、神のみわざがなされること、神の最善がなされることを待ち望むことが出来ることも示している。しかしその中には、ダビデが経験したような失望や、悲しみの逃亡や、裏切られる悲しみを通されるような事もある。そして、そこでこそ、主の恵みや憐れみ、神の知恵や愛を味わっていくことが出来るのである。主は敢えて私たちに苦難を与えられることがある。そこでこそ私達は信仰を働かせて歩み続けたい。

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