20151129 『十分な恵みによって』 コリント12:1-10 岩井牧 師

『十分な恵みによって』 

「主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。」 <コリント12:9>

 今日から主の御降誕を待ち望むアドベントに入る。待ち望むということは以外に難しい。数分でも待つことが困難な時代に生きる私達は、聖書のリズムで生かされることの重要さを思う。そして、このひと月、心から主を待ち望むものとされ続けたい。そのためには、自分の思いや願いを神様に委ね、明け渡す必要がある。自分の答えを握りしめ、それを待つことはご自身を待ち望むことではないからだ。
 パウロには、取り除いて欲しい「肉体のとげ」があったと告白している。具体的には分からないが、それを三度も願ったとあるとおり、彼の働きや使命に関わることとだったのであろう。しかし、彼が受け取った主の答えは、すでに主の恵みは十分であり、キリストの力は私達の弱さのうちに現れるということだった。素晴らしい経験をしたパウロだった。第三の天にまで引き上げられ、主ご自身との不思議な交わりを受けた出来事は、彼の心を捕らえたであろう。しかし、パウロは自らの弱さを誇るという。祝福の経験ではなく、主の前に跪き、へりくだり、主ご自身を待ち望むその心をも主が喜んでくださるとの思いが原点にあるだろう。私達は何を誇りとしているだろうか。主が謙 って下さったことに心を止め、静かにそして心から主を待ち望む者とされたい。

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