20151206 『インマヌエルの約束』 イザヤ7:10-14 岩井牧師

『インマヌエルの約束』 

「それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。」         <イザヤ7:14>

 このイザヤの預言の背景にあるのは、アラム―エフライム戦争の頃(前733年頃)と考えられる(参列16:1‐5)。そのような争いが起ころうとする火急の現実は、私達の心に大きな動揺を与える。さらには、さらには、エフライム(北イスラエル)とアラムが同盟を結んで南ユダに戦いを仕掛けてくることが具体的になってきたとき。アハブ王と南王国ユダの民の心は、荒波に翻弄される小舟のように不安に揺らいだ。私達の人生の中にも、そのような揺さぶられる出来事が起こる。しかし、その時にこそ神は私達の人生に恵みを与えてくださるのである。預言者イザヤを通して神が語られたインマヌエル(「神がともにおられる」という意味)の最初のメッセージがこのイザヤ7章である。
 神は預言者イザヤを用いてアハズに迫られた。この「インマヌエル」のメッセージは、究極的な希望をもたらすものであり、完全な成就には神の御子キリストの誕生を待つ必要があった。しかし、ユダの王アハブはこの状況の中で、神に信頼を置くようにとイザヤを通して招かれたのだ。アラムの王レツィンと北イスラエルの王ペカ(レマルヤの子)を恐れる必要はなく、彼らは栄えるように見えても、やがては滅びるという事を、アハブは信頼できなかった。そして問題はさらに複雑になっていく。主を待ち望む歩みは、私達にも主への信頼のチャレンジを与える。あなたはいかがだろうか。置かれている場で信仰を働かせたい。

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