月別アーカイブ: 1月 2016

20160110 『真理に生かされる恵み』ヨハネ18:25〜40 岩井牧師

『真理に生かされる恵み』 

「イエスは答えられた。『わたしが王であることは、あなたが言うとおりです。わたしは、真理のあかしをするために生まれ、このことのために世に来たのです。真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います。』ピラトはイエスに言った。『真理とは何ですか。』」                       (ヨハネ18:37-38)

 ゲッセマネの園で大祭司のしもべを傷つけたペテロを、そのしもべの親類は大祭司の庭で見とがめた。しかし、それでもペテロは主イエスと自分の関わりを否定する。事実を突き付けられても、認められない、私たち人間の弱く真理に立てない姿がここにある。しかし、そんな私たちのために主は祈られる(ルカ22:32)
 大祭司の前でも、ローマ総督ピラトの前でも、主イエスは微動だにしない。真理に生かされるものは、揺り動かされない。真理そのものである主の姿がそれを明確に示す。人々が政治的な理由で主イエスをローマに訴えたことも、事実に反することであった。しかし、主はそのことをピラトとの対話のために用いられる。死刑の権限を持つ総督の前でも、凛として変わらない主は、この地上の国ではない、神の国の王としてのご自身の在り方をピラトに語りだす。「わたしは、真理のあかしをするために生まれ、このことのために世に来たのです。…」との主の言葉は、「真理とは何ですか」とのピラトの問いを引き出す。私たちは真理にどう対峙するだろうか。真理である主の声に聴き 従いたい。

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20160103 『悲しむ者の慰めと癒し』 イザヤ61:1-3 岩井牧師

『悲しむ者の慰めと癒し』 

「神である主の霊が、わたしの上にある。はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。」 
         <イザヤ61:1>

多くの問題を関えるイスラエルの民を、神様は決して見捨てなかった。却って彼らを整え、神様の栄光を表す器とし、周りの国々をも祝福へと導かれるという破格の憐れみと恵みを与えてくださった。彼らがこれから通る国の敗北、敵国へと引いて行かれる屈辱的な歩みをも、神様はその恵みの一つとして与えられたのだ。私たちの思いをはるかに超える神様の愛は、神の民への慰めと励ましに満ちている。
イザヤを通して語られる主のメッセージは、厳しい裁きとともに、「貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすため」であった。厳しさの中にこそ、慰めがあるとも言えるだろう。それゆえに、私たちはどのような状況にあっても、恐れることなく、主に信頼し、主とともに歩みを進めていくことができる。しかし、この預言の完全な成就は、神の御子イエス・キリストによってなされる。主のもとにこそ、真の慰めと平安、癒しと力がある。
そして主は私たちをも慰めの器、癒しの存在として下さる。この一年私たちは、今置かれているところで真実に歩み、主からの力強い慰めを受け、それを人々に届けていく者にされたい。

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20160101 『主の栄光を輝かせる生涯』イザヤ60:1-3 岩井牧師

 『主の栄光を輝かせる生涯』

「 起きよ。光を放て。あなたの光が来て、の栄光があなたの上に輝いているからだ。見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上にはが輝き、その栄光があなたの上に現れる。国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。」
    (イザヤ60:1-3)
  新年明けましておめでとうございます。
 この新しい一年も、主にあって共に歩める幸いを感謝しています。私達には、様々な人生の目標があります。目標を立て、それを目指し努力を重ねていく歩みそのものが尊いのです。
 そして、天地万物を創造された神様とその愛の豊かさを知る時、私達は自らの人生が、自分の栄光を求めることよりも、周りの人々や社会、そして世界の人々のためにあることを教えられ続けていくのです。そして神様の愛と輝きを反射させながら、主の栄光を表す生涯があることを私達は教えられます。神の民として歩んだイスラエルの民は、問題を多く抱えていました。それゆえに苦しみ、分裂や敵国に敗北し、捕囚となる痛みを通っていきます。しかし、その中でこそ、彼らは自分が何を目標として歩むのかを問われ続けていったのです。そして彼らを通して、神ご自身の愛と恵みを示し、神の栄光を表されました。私達もまた数多くの課題があり、弱さがあります 。しかし、そんな私達の全てをご存じで、なお愛し、恵みと祝福を与えてくださる主は、そんな私達の上にも、主の栄光を輝かせ、主ご自身の輝きと慈しみを示し、周りの人々が、私達を通して、恵みと祝福へと招かれ続けていくというのです。
この新しい年、どのような恵みとチャレンジが待っているでしょうか。どのようなことがあろうとも、主の愛と恵みの中で、主を愛し教会を愛し、信頼し従う歩みを続けさせて頂きましょう。主は私達と共にいて、ご自身の愛と恵み、そして栄光を表してくださるのです。
主の栄光を輝かせる歩みを歩ませて戴きましょう。

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20151227 『恐れるな、たじろぐな』 イザヤ41:8-16 岩井牧師

『恐れるな、たじろぐな』 

「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。」       <イザヤ41:10>

 2015年を締めくくろうとする中、この一年の恵みをゆっくりと思いめぐらすことはとても重要です。神様がどんな中にも共にいてご自身の愛とめぐみを豊かに注いでくださっていることを確認するひと時は、私たちに新しい歩みへの力を与えます。
 神様は、預言者イザヤを通して、神の民ご自身が恵みの契約の神であることを想起させ、周囲がどんなに変動しても、神様に会って平和と繁栄が豊かに与えられることを再度約束して下さっています。真実な神様がどんな時にも神の民とともにいて下さり、すべての良いことをなして助けて下さり、必要なものを豊かに備え、繁栄を与えて下さる、と約束して下さっています。

イスラエルの歴史の中にあって、「神の主権による祝福の歩み」は、そのすべてが神の御手のわざであることを世のすべての民が認めるようになると続いています。私たちの人生をも、神様は恵みと祝福で包んでくださいます。どのような中を歩むときにも、私たちは主を見上げ、主を心から信頼して歩み抜いていくことができるのです。どんな状況に置かれても、「恐れるな、たじろぐな」と語られる主を見上げて新しい年に臨みましょう。

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1220 『平和の君の誕生』 イザヤ9:6-7 岩井牧師

『平和の君の誕生』 

「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。…主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。」               <イザヤ9:6>

 クリスマスおめでとうございます。救い主メシアの誕生をイスラエルの人々は待ち続けました。しかしついに聖書の預言の通りに、救い主キリストがダビデの町ベツレヘムに誕生したのです。力ある神ご自身でありであり、平和の君である方が、王宮にではなく、小さな町の片隅の家畜小屋でお生まれになったのです。しかし、それこそ「平和の君」にふさわしいことでした。
 「不思議な助言者」はワンダフル・カウンセラーと英訳されます。この救い主は、人々の苦しみや悲しみに寄り添い、一緒に人々の苦しみを味わい、慰めて下さる方です。いやそればかりではなく、私たち人類の罪の裁きを全て身代わりに受けて下さるために、このイエス・キリストは生まれて下さったのです。それこそ「平和の君」にふさわしく、真の平和をこの地にもたらす歩みでした。また「不思議な助言者」は、「驚くべき指導者」とも訳すことができます。キリストは、真の平和といのちへと私たちを導いて下さる真のリーダーなのです。この方は、いのちがけであなたを愛し、どんな苦難があろうとも奪い去られない真の平和、死をもうち破る本当のいのちをあなたに与えて 下さる方なのです。

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