20160313 『キリストの愛に応えて』 ヨハネ19:28-42 岩井牧師

『キリストの愛に応えて』 
「イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、『完了した』と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。」
(ヨハネ19:30)
 神の御子であるイエス・キリストが肉体をとってこの地上に来られたのは、私達の苦しみや、悲しみを共に味わうためであった。そればかりではなく、父なる神からの永遠の裁きを受けるという霊的な苦しみを身代わりに受けるために、全ての渇きをも経験された。主は苦しみの全てを味わい尽くされた。痛みを和らげるぶどう酒は拒絶されたが、兵士達が飲んでいたものは受けられた。
 苦しみの全てを味わい尽くされた後、主は「完了した」と語られ、主にある贖いのわざが完了したことを宣言され、ご自身を父なる神にお渡しになった。主の死は確認された。しかし、兵士の槍は主から血と水が流れ出たことを証することとなった。それが真実であることが目撃者によって証されている。ある学者は、この主の死が心臓の破裂だったのではないかと言う。苦しみの全てを味わい尽くされた主の壮絶な死は、私達への愛の壮大さを表している。主はご自身のいのちをかけて私達への救いを成就してくださったからだ。その主の愛を受け止めて、今まで表に出ていなかった人々が愛を行動に移した。アリマタヤのヨセフもニコデモも、そして女性達もだった。
主は罪に満ちた愚かな私達をいのちがけで愛された。私達はどのように主の愛に応答していくだろうか。一歩を踏み出したい
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