20160612『神の慈愛によって』ローマ2:1-16

「神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と忍耐と寛容
とを軽んじているのですか。…神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお
与えになります。忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、
永遠のいのちを与え」             (ローマ2:4,6,7)
私達は日々の生活の中で、様々な怒りや痛みを抱える。理不尽な対応をされたり、不
公平な扱いを受けるときにそれは顕著になる。しかし、私達の主は、不公平なお方では
ない。私達の心にあるものや行為に従って報いをお与えになる方だと聖書ははっきりと
語られる。主は決して侮られる方ではない。
また、それと共に全てのことにおいて主権を持っておられる主は慈愛に満ちた方だと聖
書は証している。すなわち失敗や罪を重ねる私達に、主は恵みと愛を注ぎ、私達を悔い
改めに導いてくださるのだ。その背後にある主の慈愛と忍耐と寛容を決して軽んじては
ならない。主の慈愛に生かされる歩みは、自分の正しさや強さを示したい欲求や願いの
背後にある自分の愚かさを認め。高慢な罪を告白し、主の憐れみがなければ生きること
が出来ない自分自身を認め、主の溢れる恵みと愛の中を生かされていくことだ。その歩
みこそ、信仰の歩みといって良いだろう。
そして主は信仰に立ち忍耐を持って善を行い、主の栄光と主の誉れとけっして朽ちるこ
とのない真の宝を天に積もうとする者に、永遠のいのちと祝福を豊かに注ぎ与えてくだ
さるのだ。私達は真の主権者である神を心から畏れ、敬い、主のみことばと恵みの律法
に心を整えられ続けていく必要がある。主の愛と恵み、慈愛の中を豊に、そして真実に
生かして戴きたい。

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