20160619『父なる神と共に歩む勝利』哀歌3:22〜33

「主こそ、私の受ける分です」と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。
主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。主の救いを黙って待つ
のは良い。」
        <哀歌 3:24-26>
 父親の存在は、私たちに力を与える。特に苦難の中を通る時、父親の姿を思い出し、
励ましや内なる力を受ける人は少なくない。多くを語らなくても、その背中は私たちに
人生の苦難を生き抜く姿勢や忍耐を物語るのだ。
 この哀歌は、イスラエルが苦難と破壊の悲しみを通ろうとする中で、詠われている。
目の前の現実や苦悩の中にあって、この預言者は私たちに神に目をとめること、父なる
神にこそ、真の平安と希望があることを促し導いている。人間の力には限界があり、弱
さがある。しかしその中にあってこそ、真に父なる神により頼む信仰は私たちに大いな
る恵みと力とともに静けさを与えるのだ。父親の存在の力強さは、その静けさにあると
も言えるだろう。黙する中で、見るべきことを見、悟るべきことを悟ろうとする姿は私
たちにも静けさへのチャレンジを与えていくのだ。
 父親とともに歩む子供たちの姿が聖書にもしるされている。最も興味深いのは、アブ
ラハムとともに歩むイサクであり、父なる神と共に十字架に向かうキリストであろうか
。苦難に向かう、痛みに向かう。しかし、その心の中には、神への信頼、そして従順、
へりくだりと待ち望みがある。そこにこそ私たちが知るべき勝利の姿があるのだ。勝利
は結果ではない。私たちの心の中からはじまるプロセスなのだ。そして主への信頼は私
たちを勝利に導く。

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