20161113『心から神と人を愛する』ヨハネ3:13-24

「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。…子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行ないと真実をもって愛そうではありませんか。」     (ヨハネ3:16,18)
 年を重ねることは、ひとりであることと向き合うこととも言える。主の弟子ヨハネは十二弟子の中で、長く生かされ、主の前に静まる中で、「主の愛」を深く受け止めていったのだろうか。愛に関する彼の洞察の深さには、人生の深みも含まれているのだろうか。
 自らを「主の愛された弟子」と語るヨハネの心には、主の足のもとで見上げたキリストの十字架があったのではないだろうか。主の母として歩んだマリヤと共に過ごす中で、なおその思いは深まっていったのだろうか。そして主の教会の様々な問題の中で、愛の重要さを痛感していったのではないだろうか。
 主の愛を深く受け取らなければ、私たちは他の人を愛することができない。キリストの愛がいかに、行ないと真実に満ちていたかを味わい知る者こそが、真の愛に生かされることができる。そして他の人を心から愛する者へと変えられていくのだ。たとえ私たちの心が責めても主は全てをご存知で、その上で私たちを愛し、私たちを愛の器と変えてくださる。主の愛に生かされ満たされ続けることが、真実な愛の歩みへの大切な一歩と言えよう。主の前にひとり静まり、その愛を心から味わい、届け続けたい。

コメントする

カテゴリー: Uncategorized

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中