20170528『神への神殿の建設』列王記6:1-13

 そのとき、ソロモンに次のような主のことばがあった。「あなたが建てているこの神殿については、もし、あなたがわたしのおきてに歩み、わたしの定めを行ない、わたしのすべての命令を守り、これによって歩むなら、わたしがあなたの父ダビデにあなたについて約束したことを成就しよう。わたしはイスラエルの子らのただ中に住み、わたしの民イスラエルを捨てることはしない。」 (列王6:11〜13)
 イスラエルの歴史の中で、神殿建築は、とても重要な意味を持つ。出エジプト以来の歴史に新しい意味を与える神殿は神の臨在を継ぐだけでなく、神の国の中心的テーマとなる。
 しかし、それは外側の問題ではない。外側がどんなに立派であっても、内側が整えられていない時、どんな存在も弱く、脆く、大きな問題を抱えるからだ。それはソロモン自身に問われ、神の民に続けて、問われる大きなテーマとなっていく。
ソロモンは神殿建築の重大さを知っていたゆえに、熱心に忠実に果そうと努力している.しかし熱心で、事業を成功させたことはそのまま神の期待される意味や目的を達成したことにはならない。「もし、あなたがわたしのおきてに歩み、わたしの定めを行ない、わたしのすべての命令を守り、これによって歩むなら」と主が語られたことをソロモンは、生涯心に刻むべきであり、またそれを次世代に伝えていく責任があった。
 しかし、主は憐みによってダビデへの約束をソロモンにおいて、成就していく。それは主の真実によるものだ。私達は不真実でも、主が真実であるということは何という幸いであろうか。主は、「イスラエルの子らのただ中に住み、わたしの民イスラエルを捨てることはしない」と語られる。それは、民の中である以上に、一人一人の心の中である。そして主は、神の民を捨てることは決してなさらない。その愛の中に豊かに生かされよう。

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