20170702『イスラエルの王の礼拝』マタイ2:1-15

 「見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。『ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。』」     (マタイ2:1,2)  時季はずれの降誕の箇所だが、福音書の中に、明確に救い主の誕生の歴史的事実が描かれていることは感謝だ。
 東方の博士達がどこの国から来たのかは、明確ではない。しかし多くの学者は、かつてイスラエルが捕囚となった地域とそう離れてはいないだろうと考えている。あるいはソロモンを訪ねたシェバの女王の支配した地域を考える学者もいる。いずれにせよ、聖書が語る神の御名が崇められ、主が証されていた事実がこの東方の博士達の礼拝に繋がって行くであろう。主は歴史の中に介入され、神の民の悲しみの歴史でさえ、めぐみに返ることが出来るお方なのだ。ダニエル達が残した影響の大きさに思いをはせるとき、私達もまた、どう生きるかが問われる。
 それ以上にこの博士達が払った犠牲の大きさを思う。イスラエルの王の誕生を占星学を通して知った彼らは、あらゆる犠牲をいとわずに、エルサレムを目指したのだ。そして王のいるべき場所に着いた。ヘロデの弱さと罪故、悲しみを産むことになるが、真の慰めを与える為に主イエスは来られたのだ。私達はこの慰めを届ける為、また主を心から礼拝する為どう生きるのだろうか

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