20170827『神を待ち望む者』詩篇25:1-5

「あなたこそ、私の救いの神、私は、あなたを一日中待ち望んでいるのです。」                   (詩篇25:5b) 私たちは、大切な決め事のある時に、自分の考えを中心にするか、それとも主なる神を待ち望むか、これは大事なチャレンジとなる。 「神を待ち望む」とは何か?
それには色々な面があるのだが、一言でいうと、神に対する継続的、絶対的信頼という意味がある。
どのようにして、「神を待ち望む」ことができるか?
全生活において、神とそのみこころを求めるように心を動かすのが必要である。特に祈りの時に、へりくだり開かれた心をもって神の御前に静まるのも必要である。 なぜ「神を待ち望む」ことはそんなに大切なのか?
神は、すべての物事をご存知だ。もし、神を待ち望まなければ、神の業を制限してしまう危険性がある。また、私たちは、すべてを神からいただいている。したがって、日々の必要のために、常に神を待ち望まなければならない。 個人としても、教会としても、「神を待ち望む」心を育てていこう。「幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。」(イザヤ30:18) (メッセージ/リーズナー宣教師)

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