20180107『恵みの律法の成就』マタイ5:17-20

「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。」                        (マタイ5:17-18)
 ユダヤ人は特に律法を613の戒めにまとめ、それを守ることによって義を得ると考えた。そうした律法の解釈を形式的に守ることをイエスはしなかったが、本来の主の律法と預言者を成就する。
主は、律法の真の意味を説き明かし、律法の目指すところを自ら実行し、律法に違反する罪人に要求される刑罰を自ら受けることによって、律法を成就する。しかも旧約聖書のメシヤ預言、そして救いの到来の預言をその生涯の全体において成就する。この被造世界に終りが来ない限り、律法の最小の一文字でもその有効性を失わず、全部が成就されるべきものである。だから神の戒めに対する姿勢が重要であり、私たちのために主は全てを成就された。
 その上で、主はあなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるようにとチャレンジする。これは衝撃的である。これは更に律法主義的な生き方をせよということではない。むしろ彼らに欠けていた、砕かれた心を持つことであり、自分の無力を認め神のあわれみにより頼むことであり、その結果自らもあわれみ深く変えられていくことである。弟子たちは律法の目指すものを、律法主義とは別の道筋を通って実現していくのである。主の恵みに生かされたい。

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1件のコメント

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20180107『恵みの律法の成就』マタイ5:17-20」への1件のフィードバック

  1. tomirin

    あけましておめでとうございます。
    尊敬しております。
    キリストもみなさまも

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