20180128『主に従い通す恵み』列王記第一11:1-13

「主はソロモンに怒りを発せられた。それは彼の心がイスラエルの神、主から移り変わったからである。主は二度も彼に現れ、このことについて、ほかの神々に従って行ってはならないと命じておられたのに、彼は主の命令を守らなかったからである。」                             (列王記11:9,10)
 私たちの生涯の中で、何に価値を置き、何を宝とするかという課題は、非常に重要であり、人生を左右する。
 イスラエルの三代目の王として、あらゆるものを所有し、権力も、知恵も得ていたソロモンは、主の教えに背き、多くの異教の女性を王妃とした。その数は700人、側女も300人という多さだった。
 彼自身の孤独や渇きの深さを現わしているのだろうか。神によってのみ満たされる心や魂の深みを他のもので満たそうとするとき、それは偶像となる。ソロモンは王妃たちの異教の礼拝のために、財を用い、彼もまた、その礼拝に参加していくことになる。彼が最も深いところで宝としていたものは何だったのだろうか。彼の父ダビデが、孤独や挫折、失望やいのちを狙われる恐怖と闘いながら、神と向き合ったこと。また、神の前に出、自分の罪を告白し、赦しの恵みを受け取ったことをソロモンは、自分の人生の中に迎え入れることが出来なかったのだろうか。表面的に神に従うように見せることはできても、深みにある弱さや愚かさは、露呈し、周りの人々を巻き込んでいく。私たちはどうだろうか。真に神に信頼し、従い通していく信仰と覚悟を主から与えられているだろうか。祈り求めたい。

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