「全イスラエルは、王が自分たちに耳を貸さないのを見てとった。そこで、民は王にことばを返した。『ダビデのうちには、われわれのためのどんな割り当て地があろうか。エッサイの子のうちには、われわれのためのゆずりの地はない。イスラエルよ、自分たちの天幕に帰れ。ダビデよ、今、あなたの家を見よ。」イスラエルは自分たちの天幕に帰って行った。』」 (列王12:16)
聞く耳を持つことはどんな人にとっても重要だ。それはイスラエルの王も同様だ。しかしソロモンの息子レハブアムは、重荷を軽くしてほしいと申し出たヤロブアムとイスラエルの民に厳しく対応してしまう。それは賢明な言葉を退け、自分にとって聞こえの良いアドバイスを受け入れたからだ。結局は、王として聴くべき神の御声を退け、自分の声に従ったとも言えるだろう。
それゆえ、ヤロブアムとイスラエルの民は、王レハブアムだけではなく、ダビデの家を見限り、王国が分裂することになる。この王国分裂を招いたのは、ソロモンであるともいえよう。ソロモンがどのように主に聞き、従っていたのかが問われる。私たちの主への姿勢は、周りの人々、家族に影響を与える。自分の思いや欲望に振り回される自分の弱さを、私たちは認め、常に神の前に整えられていく必要がある。聴く耳は教えられやすい器に与えられる祝福だ。この王国の分裂は当然のことのように礼拝の分裂となってしまう。神の民の中心が崩れる危険性は常にある。
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