20180304『偽善者のようではなく』マタイ6:1-8 

「人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から報いを受けられません。」                         (マタイ6:1)
律法の実践において律法学者やパリサイ人が特に重んじた3つの善行においても、主の弟子たちはより優れていることが期待される。他の人のために、あるいは神のためにする行為に巧妙に入り込む偽善、つまり人に見せるための偽善を克服することは、弟子達だけではなく、私達の課題でもあろう。
 第1に施しだが、人にほめられたいという間違った動機から、人にわかるようにしてはいけない。人からの称賛を得るので、もはや神から報いを受けることは出来ない。正しい態度は施しを人から隠すことである。 第2の善行の祈りにおいても、自分の敬虔さが他の人にわかるようにしてはならない。人からの称賛を求める偽善を避けるには、人の目の届かない所で祈るのがよい。天の父は見て報いて下さる。問題は誰に対して祈っているかである。また、神を知らない異邦人は同じ言葉を何度も繰り返したり、長い祈りをしたりするが、祈りの量によって効果が決るのではない。祈る言葉に思いを向けるのではなく、祈る対象がどのような方であるかを理解することが重要である。 私達のあり方は、常に神の前に整えられていく必要がある。主は私達の隠れたあり方に光を当て、主の恵みに生かして下さる。

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