20180311『キリストの栄光』黙示録1:9−18

「この方を見たとき、私は死んだ者のように、その足もとに倒れ込んだ。すると、その方は私の上に右手を置いて言われた。『恐れることはない。わたしは初めであり、終わりであり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、世々限りなく生きている。』」  (ヨハネの黙示録1:17−18)
福音書の中で記されているキリストを見ることが非常に大事だ。そこで私たちは、人となられたキリストのいのちのことばを聴き、力ある業や贖いの死と復活を見ることができる。しかし、本当の権威、偉大な力、大いなる栄光をもたれた、今生きていおられるキリストを見るだろうか? 使徒ヨハネが栄光に満ちたキリストを幻の中で見たとき、圧倒され、死んだ者のようになって地面に倒れ込んだ。
キリストは、(1)父なる神と一つであり、(2)裁かれる方であり、(3)栄光に満ちた方である。絶対的主権をもっておられる。 しかし、私たちは恐れなくていい。キリストは、私たちを愛し、私たちを罪から解き放ってくださっている。(5節)
キリストの愛の中にとどまり、キリストとなお親しくて生きた関係を養っていくべきだ。
私たちは、ヨハネと同じ経験をしないかもしれないが、ヨハネの記した幻によって、もう少し正しくキリストの本当の姿を見よう。
(リーズナー宣教師)

広告

コメントする

カテゴリー: Uncategorized

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中