20180408『主への恵みの祈り』マタイ6:9-15

『御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように。』                   (マタイ6:10)
 主イエス・キリストが弟子たちに教えられた「主の祈り」は、私たちの信仰と祈りを整える。祈りの成長、成熟こそ、私たちの信仰と人格の成長とも言えるだろう。祈りは私たちの願いを叶える手段ではなく、私たち自身が、神の御心のままに取り扱われ、変えられていく目的とも言えよう。主の祈りを二回で学びたい。
 主は未熟な弟子達に祈りを教えられた。そしてその祈りには、誰に祈るのかが明確にされている。そして「御国が来ますように」「みこころが天で行われるように、地でも行われますように。」との祈りの内容へと向かっている。それは自分の願いを届けるための祈りではない。自分の願いを叶えて貰うための偽善的な熱心や、人に認めて貰うためのパフォーマンスは退けられる(5-8v)。私達は全てをご存じであり、主権者である神の前に、神の御支配がこの世界に明確にもたらされ、主の御心が、天において完全であるように、この地(自分も含めて)においても完全になされるようにと祈るように教えられている。それは自分の願いを届けるのとは逆に、神の御心がこの私と地に完全になされるようにという委ね献げた祈りだ。私達の祈りはどうだろうか。

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