20180513『恐れを締め出す愛』Iヨハネ4:18-21

「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた、互いに愛し合うべきです。」                      (ヨハネ4:10,11)
 すべての存在を無から創造され、愛を持って導かれた神様が、私達の存在をも全ての創造の前からすでにご存知で(エペソ1:4)、父母を通して、いのちを与えて下さったこと、そして今をも導いて下さっていることを心から感謝したい。この母の日は、アンナ・ジャービスが1907年5月12日に、教会学校等でも教師をし2年前に召された母の愛を覚えて、白いカーネーションを贈ったことが世界に広がった。私達の愛には、限界があるが、神から受ける愛には、私達を内側から変えさらに広げられていく力がある。父なる神は、御子を与え尽くすほどのいのちがけの愛で私達を愛して下さっているからだ。私達はどのような愛と感謝を周りの方々に贈っているだろうか。「愛(アガペ)」ということばは、「愛する(アガパオー)」という動詞から派生している。愛は本来的に、具体的な行動やことばを伴う。そして不思議にその行為は次の行為を生み出す力となる。家庭やあらゆる共同体の中で、先に神からの愛を知り、受けたものが、感謝と愛を表し、また互いに愛し合うものとされたい。母への感謝を心から表そう。

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1件のコメント

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20180513『恐れを締め出す愛』Iヨハネ4:18-21」への1件のフィードバック

  1. 石橋秀則

    愛はすべてに勝ると聖書から教えられています。人間すべて罪という重荷を背負って生きていますが、その中で、信仰心を持つということは愛の実践に他ならないと思っています。

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