20180527『神の前を歩む』列王記14:1-16

「主はご自分のためにイスラエルの上に一人の王を起こされます。彼はその日、いや、今にもヤロブアムの家を絶ち滅ぼします。」                      (列王記14:14)
 北イスラエルの王となったヤロブアムは、自分の子どもの病から預言者アヒヤの存在を思い出し、妻を身分を隠して遣わした。しかし主の前にはすべてが明らかであり、アヒヤは妻に子の死を宣言し、その通りになった。その背後には、ヤロブアムが、主の前を歩み続けなかった罪があった。アヒヤの言葉から出たダビデもまた、罪を犯し失敗した王である。しかし彼は預言者ナタンによって示された自らの罪を認め、悔い改め、神のもとに立ち返った。神の前を歩む歩みは、失敗しない歩みではない。失敗を犯した時にこそ試される主との真実な交わりから生まれる歩みと言えよう。ヤロブアムの子が死んだ後、彼らが神の前にどうしたのか、聖書はそのことを語っていない。私たちも自戒したい。しかし、主はこの中でさえ、主がご自分のために「ひとりの王」を立てることを語られる。主の憐みと恵みは深い。
 一方南王国ユダはどうだったのだろうか。ソロモンの子であるレハブアムもまた、真実に神の前を歩もうとせず、罪をそのままにし、偶像礼拝、また神殿男娼等の乱れを正すこともしない。主への礼拝そのものが歪められ、主の愛と憐みに誠意をもって応えようとする姿勢が微塵も見られない。罪を継承することは容易だが、神への真実さを継承することは簡単ではない。私たちもまた、主の前をどう歩むのかが問われる。真実に歩みたい。

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