月別アーカイブ: 6月 2018

20180610『神の知恵を求める箴言』1:1〜7

「主を恐れることは知識の初め。愚か者は知恵と訓戒を蔑む。」                      (箴言1:7)
箴言は聖書の中の知恵文学の一つで、詩のような形で知恵と真理を教えてくれます。私たちは自分の知恵ではなく神様の知恵を求めて、それに依り頼む者でありたいです。知恵をもつということは、他者との関わりについて正しい理解を得ることです。つまり、神と人を愛することです。これは、イエス・キリストが新約聖書において、旧約の律法のすべてを要約した二つの最も大切な戒めと同じです。つまり知恵とは、キリストのようになることといえます。箴言1:7では、主を恐れることが知恵の始まりだとあります。そして2:1-5にはどのようにしたら主を恐れることができるのか説明しています: ? 教えを受け入れ、従いたいと願うこと
? 教えを心に刻み、暗記すること
? 注意深く教えに耳を傾けること
? 教えを情熱をもって求めること
? 世界一の宝のように、教えを大切にしよく調べること
これは箴言に限らず、聖書のすべての教えについて言えることです。これらの教えは全ての人にとって真理であり、有益です。神様からの知恵を求め、そこから学び、私たちの心と行いを変えてもらいましょう。もっとキリストのようになるために! (セドン宣教師)

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20180603『天に宝を積む人生』マタイ6:16-24

 
「自分のために、天に宝を蓄えなさい。そこでは虫やさびで傷物になることはなく、盗人が壁に穴を開けて盗むこともありません。あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです。」                              (マタイ6:20,21)
 私たちは、様々な宝を求める。不安は私たちの心を地上へと向けさせてしまいやすい。地上に蓄えた宝は、高価な織物であれば虫がつき、金属の物はさびて価値を失う。盗人が家の壁に穴を開け盗んで行くことも少なくない。そのようにはかない地上の宝ではなく、失われる心配が全くない天に宝を蓄えるべきであると主イエス・キリストは、語られる。神に喜ばれることは永遠に失われることがないからである。地上のものを最も高く評価して生きているなら、それがその人の真の姿にほかならない。
 私たちの心がどこにあり、どこに向かっているのかが、問われる。しかし、それは地上の富をすべて否定しているのではない。私たちは、誠実に働き、知恵を持って蓄えることを聖書は語っているからだ。しかしそれを何のために、誰のためにするのかが重要となる。その上で、地上の宝によっても心の目が曇らされ、内なる光が暗くなるなら、その暗さは致命的なものとなることを心にとめる必要がある。弟子はふたりの主人に仕えることはできない。神と富との両者に仕えようとするなら、結局富に支配される。神に仕える姿勢は中途半端であってはならない。富に支配された心は思い煩いに支配されやすい。天に宝を積みたい。

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