20180603『天に宝を積む人生』マタイ6:16-24

 
「自分のために、天に宝を蓄えなさい。そこでは虫やさびで傷物になることはなく、盗人が壁に穴を開けて盗むこともありません。あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです。」                              (マタイ6:20,21)
 私たちは、様々な宝を求める。不安は私たちの心を地上へと向けさせてしまいやすい。地上に蓄えた宝は、高価な織物であれば虫がつき、金属の物はさびて価値を失う。盗人が家の壁に穴を開け盗んで行くことも少なくない。そのようにはかない地上の宝ではなく、失われる心配が全くない天に宝を蓄えるべきであると主イエス・キリストは、語られる。神に喜ばれることは永遠に失われることがないからである。地上のものを最も高く評価して生きているなら、それがその人の真の姿にほかならない。
 私たちの心がどこにあり、どこに向かっているのかが、問われる。しかし、それは地上の富をすべて否定しているのではない。私たちは、誠実に働き、知恵を持って蓄えることを聖書は語っているからだ。しかしそれを何のために、誰のためにするのかが重要となる。その上で、地上の宝によっても心の目が曇らされ、内なる光が暗くなるなら、その暗さは致命的なものとなることを心にとめる必要がある。弟子はふたりの主人に仕えることはできない。神と富との両者に仕えようとするなら、結局富に支配される。神に仕える姿勢は中途半端であってはならない。富に支配された心は思い煩いに支配されやすい。天に宝を積みたい。

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