20180701『神の国とその義を』マタイ6:25-34

「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。」      (マタイ6:33,34)
 私たちは様々な事で思い煩う。しかし、その思い煩いがどこに起因しているのかを祈り求めていく必要がある。キリスト者が神と富との両者に仕えようとするなら、結局は富に支配されることになる。そして、富に支配された心は思い煩いに支配されやすい。物質的な必要を満たすことがすべてであるかのように生きてはならないの。思い煩いから解放される道がある。
 命や体を与えて下さっている神は、すべての必要をご存じで、備えて下さる。また、空の鳥も、野のゆりも主の知恵に満ちた装いが与えられており、より重要な私達の世話を神はなさる。さらに、私たちの命そのものが神の手の内にあり、思い煩う必要はないからだ。最後に、思い煩いは神への信仰・信頼の問題となる。神を知らない異邦人なら、思い煩うのも不思議である。問題や困難を見るのではなく、神に向かうことが重要である。
 神の国と神の義、すばわち神の御心にかなっていることこそ重要であり、それを求めていく責任がある。神と正しい関係にあるなら、本当に必要なものは備えられていく。主の平安を得続けよう。

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