20181014『主に従う恵みと祝福』マタイ8:18-22

「イエスは彼に言われた。『狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕するところもありません。』また、別の一人の弟子がイエスに言った。『主よ。まず行って父を葬ることをお許しください。』ところが、イエスは彼に言われた。『わたしに従って来なさい。』」                   (マタイ8:20-22)
 時に私たちは、主イエスの人々への対応が冷たく感じ、驚くことがある。主イエスについて行きたいと語る律法学者に、主は本当に覚悟があるのかと問われた。真理を知り、その通りに歩みたいと願う私たちも、自分たちの現実の生活に不利益な影響が出てくることが分かると私たちは、とたんに従ったことを後悔したり、引き返したりしたいと願ってしまう。不信仰のゆえに荒野をさまようようになったイスラエルの民と同様の心に私たちもなりやすい。寝食を奪われ、安全をはぎ取られるようななかでも、真理でありいのちであるキリストに従うことは、決して容易なことではない。さらに別の弟子のひとりが、父を葬ることを許してほしいと願ったとき、主は、それよりも自分に従うように彼を招かれた。父がいのちを落としたときでさえ、そんな厳しく冷たい対応をするのかと私たちは誤解してしまうが、彼の父が亡くなったという状況なのかどうか実は分からない。安定したあり方、慣れた環境を捨てられない弱さが私たちにもある。主は全てをご存知で招かれる。 

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