20181104『主の主権と子どものような信頼』マタイ8:23-27

 「イエスは言われた。『どうして怖がるのか、信仰の薄い者たち。』それから起き上がり、風と湖を叱りつけられた。すると、すっかり凪になった。人々は驚いて言った。『風や湖までが言うことを聞くとは、いったいこの方はどういう方なのだろうか。』」 <マタイ8:26,27>
 私たちは、日々の生活で様々な出来事に遭遇する。その時に出来事の何に目を留め、心をとめるだろうか。
 ご自身の主権をもって、病の方々を癒された主イエスの愛の姿を目の当たりにしていた弟子たち。彼らはキリストとともに舟に乗り、漕ぎ出した。しかし、嵐によって湖は大荒れになり、彼らはこともあろうに、休んでいたキリストを起こし、怒りを露わにしたのである。彼らの多くはこのガリラヤ湖で働いていた漁師であった。嵐も当然経験してきたことだろう。しかし、想像を超えた嵐だったのだろうか。自分の身に危険が及ぶとき、それまで主とともに歩む中、経験した主の癒しの業や奇跡は、何の意味も力もなかったのだろうか。
 私たちもまた、自分自身の信仰が、どのようなものなのかを問われる時がある。冷静な時や、平和な時は、心から主に信頼し、主に従うことも公にし、告白していたとしても、自分の想像を超えるような危機、プライドが踏みつけられるような経験、主が共にいることを感じえないという不安…様々なものによって私たちの心には嵐が吹きすさぶのだ。しかし、主は弟子たちだけではなく、私たちをもそのような嵐へと招かれる。そして私たちの主への信頼を問うて下さる。それは愛と恵みのゆえである。そして私たちの信仰は育まれていく。

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1件のコメント

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20181104『主の主権と子どものような信頼』マタイ8:23-27」への1件のフィードバック

  1. 石橋秀則

    このみ言葉を重く受け止めます。冷静である時は、主と共にあるとの思いで満ちていますが、いざ、想像を超える艱難が襲いくれば、果たして自分はどう思い、行動するか、不安を覚えます。

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