20181118『天にある希望と祝福』伝道者3:9-14

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることができない。」 (伝道者3:11)
 今年も、先に地上の生涯を終えられた人生の先輩方の写真を囲み、ご遺族の方々とご一緒に主を礼拝できることを心から感謝したい。地上での別れの淋しさはあっても、主にある永遠のいのちは、私たちに希望と慰めを与えることを聖書は語っている。また今日の礼拝は、天における主への礼拝と、地上における礼拝の合同礼拝であることにも心をとめたい。それは私たちが永遠を思う時だ。
 全てのことに「時」があることをこの伝道者は語っている。確かに私たちの理解を超えた神の視点があり、神の時があることを私たちは知る。そして、神のなさることはすべて時にかなっていることに、後から気が付き、慰めや力を受ける。この地上での別れにも時があったことを思わされる。神の主権を認める中で、私たちは、自分の思いや考えを超えた神の憐みと恵みのタイミングがあることを思わされるのだ。それは今を生きる私たちにも同様である。今どのような苦悩や痛みがあり、それを理解できず、見極められない限界に向かい合おうとも、そこにも不思議な神のご計画があり、恵みの時があることを知るとき、私たちはどのような中にあっても主にある平安を自分たちのものとして受け取ることができる。  そして私たちもまた、神が与えられた「永遠」を求め、渇きを認めて歩むことができる。主にある希望は永遠へと向かうからだ。
(召天者合同記念礼拝)

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