20181209『罪を赦すために来られた主』マタイ9:1-8

 「すると見よ。人々が中風の人を床に寝かせたまま、みもとに運んで来た。イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪は赦された」と言われた。」 (マタイ9:2)
 カペナウムに戻られたキリストのもとに、その教えを聴こうと人々が押し寄せ、家には人が溢れていた。そこに中風の人をキリストによって癒していただきたいと、4人の友が運んできたが、入れなかった。そこで彼らは屋上に上がり、屋根をはがし、彼をキリストの近くへと吊り下ろしたのだ。周りの人々の驚きが想像できる。しかし、主は彼らの信仰を見て、中部の人に罪の赦しを宣言したのだ。病の人を含め友達は、キリストの力と愛を信じ、中部の人の癒しを心から願って行動したのだろう。主はその全てをご存知で、最も必要なものをこの病の人に与えられた。もちろん彼の罪が病の原因だったという事ではない。
 人間の真の必要は、衣食住の事ではない。また健康や金銭の事でもない。主は彼らの愛と信仰を喜ばれ心の深みにある叫びに愛と赦しを豊かに与えられたのだ。私たちは何を願っているだろうか。しかし、罪の赦しという神の領域を侵し、神を冒涜していると考えた律法学者たちの為に、主は癒しのわざをも示された。それは真の力と主権がキリストにあることの証でもある。この方を私たちは、心に王として迎えることができる。そしてその恵みと祝福を人々にも分かち合う者とさせていただこう。

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