2190224『主の不思議な計画』列王記20:13-34

「主はこう言われる。『アラム人が、主は山の神であって低地の神ではない、と言っているので、わたしはこの大いなる軍勢をすべてあなたの手に渡す。そうしてあなたがたは、わたしこそ主であることを知る。』」                 (列王20:28)
アラムの王ベン・ハダドは、北イスラエルの王アハブの前に自国の強さを誇る。アハブは恭順の意を示しつつも、長老たちの意見、またハダドの傲慢さ故、ハダドへの警告を与える。アラムは大群でイスラエルを攻めるが、主は不思議にも一人の預言者を通して、アハブを備えさせた。主に背き続けたアハブをさえ、主は勝利の為に用いられ、アラムに勝利する。しかしそれはアラムの傲慢を打ち砕き、主こそ主権者であることを示すためであった。逆転の敗北を喫したアラムは、負けを認めない。そして一年後、今度は平地で戦えば勝てると考えた。そこにも神の前に進み出ない傲慢さを見ることができる。そこに私たちの姿もある
主はこの時もご自身の主権を示すために、アハブを通し、またご自身のわざを通して圧倒的な勝利をイスラエルにもたらされた。それはアハブの勝利ではなく、主の勝利であった。アハブもまた、憐み豊かな主の御前に整えられる必要があったし、先の危機からの勝利も、この勝利も主の招きであったのだ。
しかし、アラムの王ハダドが自分の前に助けを請い求めた時、アハブは軽率にもハダドを兄弟と呼び、アラムを助けてしまう。そこには主の勝利をまるで自分の勝利であるかのように考えたアハブの傲慢さと愚かさがあった。聖絶しなかったアハブの前に預言者が立つのだ、私たちの心はどうだろうか。

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