月別アーカイブ: 4月 2019

20190421『復活の証人マリヤ』ヨハネ20:1-18

イエスは彼女に言われた。「わたしにすがりついていてはいけません。わたしはまだ父のもとに上っていないのです。わたしの兄弟たちのところに行って、『わたしは、わたしの父であり、あなたがたの父である方、わたしの神であり、あなたがたの神である方のもとに上る』と伝えなさい。」         (ヨハネ20:17)
よみがえられたキリストに最初に出会ったのは、マグダラのマリヤでした。彼女は、かつて悪しき霊にとらわれていて苦しんでいたのですが、キリストによって真の解放と自由に生かされていた女性でした。キリストが十字架につけられた時、彼女は、その足元にいたのです。安息日が明けた日曜の朝、彼女は他の女性たちと共に、キリストの葬りを完成するため香油をもって墓に行きました。しかし墓に到着すると墓の入り口に神の御使いがいて、キリストの身体はここにはなく、死からよみがえられたこと、そしてそのことを弟子たちに告げるようにと語ったのです。
キリストの誕生の最初の証人は羊飼いでしたが、このマリヤは、キリストの復活の最初の証人とされました。マリヤの喜びはどれほどだったでしょうか。神様は小さな者をも証し人としてくださるのです。よみがえられたキリストは、失望や悲しみの中にいるあなたにも、名前を呼んで語りかけられます。わたしはここにいる。あなたとともに生きている。あなたも希望と喜び、勝利の人生を歩んでほしいと。勝利の人生をキリストと共に歩みたいと願います。

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20190414『受難と従順』マタイ10:16-23

「いいですか。わたしは狼の中に羊を送り出すようにして、あなたがたを遣わします。ですから、蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい。…まことに、あなたがたに言います。人の子が来るときまでに、あなたがたがイスラエルの町々を巡り終えることは、決してありません。」              (マタイ10:16,23)
殉難節を過ごしていますが、今週は受難週です。金曜日は主イエスが、私たちの罪のために十字架に架かって下さったことを心に深く覚え静まるときです。主が通られた苦しみを共に覚えさせていただきたいと思います。
主の弟子たちは、主と共に歩む事へと招かれました。それは主が通られた苦難の道を共に歩むことでもあったのです。弟子たちの派遣は、狼の中に羊を派遣するようなものだと主は語ります。それは危険を伴うものでした。しかし、主は弟子たちの自覚を促し、蛇のように賢く、鳩のように素直にとチャレンジをしました。危険の中、弟子達また私たちを守られるのは羊飼いである主ご自身ですが、私達もまた主から目を離さず、与えられた知恵と信仰の従順を持って、どんな苦難の中をも主と共に歩むのです。また弟子達の派遣は、終わりのない宣教の旅でした。しかしそれは、今の私達への宣教のチャレンジとも言えるでしょう。主が再び来て下さるときまで、私達は恐れることなく、苦難の中をも愛を届ける者とされるのです。共に主の十字架を見上げて… 

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20190407『12弟子の派遣』マタイ10:1-15

「『天の御国が近づいた』と宣べ伝えなさい。病人を癒やし、死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、悪霊どもを追い出しなさい。あなたがたはただで受けたのですから、ただで与えなさい。」                    (マタイ10:7,8)
イエス・キリストは、福音宣教のために、12弟子を選ばれた。それは彼らが優秀だったからでも、何か力を持っていたからではない。ただ弱さのゆえに選ばれたといっても良い(コリント1:27-29)。この福音書の著者マタイは、自分が取税人であったことを隠さない。そして弟子たちはまず、主の御もとに招かれた。主共にいることに主の弟子の第一の目的がある(マルコ3:14)。そして彼らは主のもとから人々のもとへと遣わされていく。それは、御国の到来を宣べ伝え、人々の必要に愛をもって応えていくためであった。それは彼らが主からすべてただで受けた恵みと愛とを、ただで与え尽すためでもあった。私たちもその恵みを一方的な愛ゆえに受けたことを忘れてはならない。
しかもその派遣は、全てを主に委ね信頼することを基盤としている。主の弟子は、心から主を主とする者であり、それを生活の中で豊かに生かし実行する者なのだ。そして、主から受けた最も深い平安を届けるべく、平安の祈りをささげる。その平安にふさわしい家にそれは届けられ、そうでなければ戻ってくるという。その豊かな平安に生かされ主の愛を届けるものとされたい。

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20190331『神の御住まいとして歩む教会』エペソ 2:19〜22 

「あなたがたも、このキリストにあって、ともに築き上げられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。」     (エペソ2:22)

エペソ書の読者は、1:3?14の壮大な賛美に心を合わせ、三位一体の神のみわざを覚えて、感謝と賛美へと導かれる。さらに1章後半から2章末まで、福音の豊かさを教えられる。その結びの箇所を、今朝は、「聖霊は」を主語に、1. 教会を産み出し、2. 教会を結び合わせ、3. 教会を建て上げる、という三つの角度から考える:

1. 聖霊に助けられて罪を知り、真理を知り、イエスを主と告白した者たちが新生の恵みにあずかり、教会となる。
2. 多様な人々が一つのからだとして結び合わされるのも聖霊の恵みであり、教会や教派、民族や国家の壁を越えさせ、和解させ、結び合わせるのも聖霊のみわざである。 3. そうして、神ご自身が教会のうちに住まい、教会を建て上げてくださるのだ。
私たちは、これらの神の豊かな恵みをどこまで享受し、どのように体現しているだろうか。1. 2. 3. と一つ一つ自らを顧みてみよう。祈りと願いを新たにして、いっそう恵みにあふれる歩みへと引き上げられたい。

(メッセージ:聖書宣教会校長・赤坂泉先生)

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