20190707『神と人を愛し、受け入れる祝福』マタイ10:40-42

「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。…まことに、あなたがたに言います。わたしの弟子だからということで、この小さい者たちの一人に一杯の冷たい水でも飲ませる人は、決して報いを失うことがありません。」 (マタイ10:40,42) 私たちは時に、他者を受け入れることが難しい。表面的に受け入れられても、心から真に受け入れることは簡単ではない。
ここでキリストは、主の弟子を受け入れる者は、キリストご自身を受け入れることであり、キリストを受け入れることは、父なる神を受け入れることに繋がると明言されている。人を愛することの原点には、神を愛することがあり、神の愛を受け神を愛することから、人を愛する愛が与えられていくことに繋がっていくのだ。私たちの弱さや限界を主はすべてご存知だ。他者を愛せない自分、受け入れられない自分を私たちはなかなか認められないのだが、主はすべてを知りつつ、私たちを愛し、招き、導かれる。主の弟子たちも様々な困難を覚えていた。しかし主はその彼らを弟子として招き、愛の訓練を与え続けられる。主は決して見放さず、見捨てないお方であり、主に従うゆえに拒絶されることがあっても、恐れる必要がないと主は彼らを、そして私たちを励まされる。その励ましはなんと温かで力強いことだろうか。
さらに、主の弟子だという事で、たとえ一杯の冷たい水しか飲ませられないような現状があろうと、主はその愛に報いて下さると語られる。私たちのどんな小さな愛のわざも、主はすべてご存知であり、それを喜んでくださるのだ。他者を愛する者とされ続けたい。

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