20190901『来たるべきエリヤ』マタイ11:7-19

「あなたがたに受け入れる思いがあるなら、この人こそ来たるべきエリヤなのです。耳のある者は聞きなさい。」 
                       (マタイ11:14,15)
人々が荒野の洗礼者ヨハネのところに出て行ったのは、神の言葉を語る預言者に会うためであった。事実彼は預言者以上の者である。それは、彼が預言されていた(マラ3:1)預言者であり、救い主メシヤの先駆けを使命とする預言者であったからだ。それどころか、その時までに生を受けたすべての人の中で最も偉大な者であるとキリストは証ししている。しかし神の国が到来した今、御国に入れられた一番小さい者でも、神の国の外にあったこの洗礼者ヨハネより偉大であるとキリストは語る。私達に用意されている恵みは何と大きいのだろうか。
彼を境にして「天の御国」は激しく攻められており、激しく攻める者たちがそれを奪い取っているのだという。それは、キリストによって到来した「神の国」に対する暴力的な反対を述べていると考えられる。このヨハネこそマラキが預言したエリヤの再来(マラ4:5‐6)であり、旧約の時代を閉じる者であったのに、人々には、彼のメッセージに耳を傾ける心、神からのメッセージに従って罪を悔い改める心が全くなかったからだ。
キリストは重ねて「耳のある者は聞きなさい」とユーモラスに語られる。それは洞察を要する教えの後で繰り返される慣用句でもあった。しかし、真に私達は聞く耳、聴く心、聴き従う柔らかな心が与えられているだろうか。

コメントする

カテゴリー: Uncategorized

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中