20191103『慰めに満ちた主』マタイの福音書12:8-21 節

「彼は言い争わず、叫ばず、通りでその声を聞く者もない。傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯芯を消すこともない。さばきを勝利に導くまで。異邦人は彼の名に望みをかける。」              (マタイ12:19-21)
安息日規定は、人の心も縛るものだった。主イエスは、そのあり方に挑戦する中で、パリサイ人たちをも招かれたのだ。しかし、パリサイ人は殺意で応答する。それを知ったイエスはそこを立ち去った。どのような思いであっただろうか。
主は、ご自身の後を追って来た病人たちを癒された。謙った主イエスの姿はイザヤ42:1‐4の成就と言えよう。イエスは第1に主が選ばれた主のしもべである。父なる神の御心の中を主はしもべとしての道を歩み続けられる。第2に、主イエスの働きは異邦人への希望であった。これは主の働きの広がりの預言とも言えよう。第3に、イエスは柔和なしもべである。主はパリサイ人の殺意に対抗して争ったり、自らの愛のわざを宣伝したりしない。葦は湿地にたくさん生えているから、傷んで役に立たない葦は折られて捨てられてしまう。くすぶる灯心も煙いだけで役に立たないから、消されてしまう。しかし、イエスはそれらのものになぞらえられる者であっても見捨てず、神の御心が成るまで忍耐をもって働く。ここに私たちの主イエスの優しく、へりくだった慰めに満ちた姿がある

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