20200202『主の祝福と選び』マタイの福音書 13章 36-50節

天の御国はまた、良い真珠を探している商人のようなものです。高価な真珠を一つ見つけた商人は、行って、持っていた物すべてを売り払い、それを買います。また、天の御国は、海に投げ入れてあらゆる種類の魚を集める網のようなものです。網がいっぱいになると、人々はそれを岸に引き上げ、座って、良いものは入れ物に入れ、悪いものは外に投げ捨てます。」 (マタイ13:45-48)
先週に引き続き、主の恵みの選びと祝福について、共に考えたい。先に主の教会の中にある良い麦と毒麦のたとえを語られた主は、悪しき霊の働きに目を覚まし、物事の本質を、そして人の内側をも見極め、警戒するようにと促した。私たちも主の恵みによって選ばれて主の民に加えられているが、いつも自分の内側に目を向け、主に喜ばれるものとなっているかを問われ続けていく必要がある。主は私たちの信仰の質をご覧になり、求められていることに心をとめたい。
また主は、神の国の譬えとして、高価な真珠を見つけた商人のように犠牲を払っても、自らのものとする豊かな価値を認め、自らをも捧げること、そして先の麦の譬えと同様に、主の恵みの網にかかる多くの魚であっても、主がそこから実によって選り分けられるという現実に心をとめるようにとも私たちを招いている。主の祝福をどれほど豊かに味わい、また選びの恵みを心から感謝しているかが問われるとともに、私たちがどのような実を結んでいるのか、真実な歩み、主への献身と従順の歩み、そして他の人々に対する愛と犠牲の道を進んでいるかを主はお求めになっていることに心をとめたい。 主は私たちの内側にどのような実が結ばれているかをご覧になる。 

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