20200301『バプテスマのヨハネの死』マタイの福音書14章1〜14節

「それから、ヨハネの弟子たちがやって来て遺体を引き取り、葬った。そして、イエスのところに行って報告した。それを聞くと、イエスは舟でそこを去り、自分だけで寂しいところに行かれた。群衆はそれを聞き、町々から歩いてイエスの後を追った」 (マタイ14:12,13)
新型コロナウィルスの影響が、世界に広がり影響が各地に出ている。罹患者や医療従事者たちの為に祈らされるとともに、改めて主の教会、そして主への礼拝の大切さを想わされる。どのように共に主に向かうのかスタイルは違っても、どう私たちが自らをささげ、主に従っていくのかが問われる。
バプテスマのヨハネは、主の前に正しいことを行い、それゆえに投獄された。罪を指摘されたヘロデ・アンティパスの焦りもそこに表されているであろう。そしてさらには、彼の安直な判断と提案、そして彼自身の面子を守るために、今度はバプテスマのヨハネの大切ないのちが取り去られることになる。幼いころから共に育ち、「見よ、罪を取り除く神の子羊」と主イエスを指し示したヨハネの悲しみを主は深く痛まれたことだろう。
私たちの主は、人々の悲しみに寄り添い、涙を流し、深い憐みと慰めを私達にも与えて下さるお方であることを感謝したい。そしてそのことを聞かれた主は、かつて彼の弟子であった者たちの事をも覚えて、彼らと共に湖の反対側へと向かわれる。その中心は父なる神の前に静まるためだったのだろうか。
私たちもまた、様々な状況の中で悲しみや痛みを深めることがある。しかし、主ご自身がその全てを理解し寄り添って下さるとともに、私たちをも静まりに招かれていることを覚えたい。

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